4つのR

前回OOHの10年史を振り返りましたが、その急激な進化の背景には、OOHが本来持っているメディアとしての本質的な特性があります。日常の生活動線に自然に溶け込み、公共空間の中でメッセージを届けるOOHの独自性は、これまでも「4つのR」で語られてきました。

それは、Reach(リーチ)、Repeat(リピート)、Recency(リーセンシー)、Real(リアル)の4つです。

これらの特性は、デジタル化やSNSとの連携が進む近年のOOHの進化とも深く関係しています。


Reach(リーチ)

OOHの最も基本的な特徴は、不特定多数の人々に対して強力なリーチを実現できる点です。テレビや新聞が1世帯単位、スマートフォンやPCが1人単位のスクリーンであるのに対し、OOHは1つの看板やポスターが公共空間で同時に多くの人の目に触れる「1対Nのメディア」といえます。

この特性が最大限に発揮されるのは、特に日本の都市部です。首都圏の主要ターミナル駅では、1日の利用者数が数十万から数百万人に達し、世界でも例を見ない人流密度を誇ります。全電鉄の新宿駅の1日あたり利用者数は約350万人、渋谷駅は約300万人ともいわれ、OOHがマス媒体に匹敵するリーチ力を持つことが分かります。

さらに重要なのは、OOHが持つ「強制視認性」です。スマートフォンのようにスキップやブロックができないため、外出している限り、広告は必ず視界に入ります。とはいえ、それは押し付けではなく、街の風景として自然に溶け込むからこそ成立している共存の視認性です。

近年では、AIカメラやセンシング技術の進化により、見る人の属性や状況に合わせてコンテンツを出し分けることが可能になりました。OOHは「強制的に見せる」メディアから、「関心を持って見てもらう」メディアへと進化しているといえます。


Repeat(リピート)

人の生活は、「通う」ことによって形づくられています。通勤・通学・買い物・習い事など、日常の行動は一定のルートに沿って繰り返されます。OOHがこの生活動線上に設置されることで、同じ人への繰り返し接触が自然に生まれます。

心理学では「ザイオンス効果(単純接触効果)」と呼ばれる現象があり、同じ対象に繰り返し触れることで好感度が高まることが分かっています。広告の世界でも「3ヒットセオリー」として、行動喚起には少なくとも3回の接触が必要だと言われます。

OOHでは、週5日の通勤で朝夕2回ずつ接触すると、1週間で10回、1か月で40回以上の接触機会を生み出せます。これは他のメディアでは実現しにくい効率的な反復訴求です。

特に効果的なのは、転職・婚活・美容・健康・資格取得といったパーソナルな商材です。人に相談しづらいテーマほど、日常の移動時間中に繰り返し接触することで、自然に関心が醸成されていきます。駅構内の病院やクリニックの看板が地域住民に認知されやすいのも、この原理に基づいています。

コロナ禍を経て通勤スタイルは多様化しましたが、OOHのリピート効果は健在です。むしろ今は、位置情報データによって個々の生活パターンを把握し、動線に最適化した媒体選定が可能になりました。OOHの「繰り返し」は、よりデータドリブンに進化しています。


Recency(リーセンシー)

リーセンシーとは、広告接触から購買までの時間的な距離を指します。中でも購買直前に接触した広告が与える影響を「リーセンシー効果」と呼びますが、OOHはまさにこの瞬間に強い影響を与えるメディアです。

その理由はシンプルです。OOHは購買行動の直前、つまり「買う場所のすぐそば」に存在しているからです。電車を降りて店に向かう道、商業施設の入り口、店舗の前など、OOHは消費者の「買う直前」に立ち会います。

実際の調査でも、購買や来店直前に接触したメディアとしてOOHが最も多いという結果が出ています。これはOOHが購買地点に物理的に近い場所に配置されているという、構造的な強みの表れです。

OOHは競合との「最後の一押し」の場面で威力を発揮します。店舗の前で自社商品を訴求できれば、購買意向を変える可能性があります。OOHは実店舗にとっての「表札」であり、商品にとっての「POP」でもあるのです。

近年では、位置情報データを活用することで、購買意向者を特定し、最適なタイミング・場所でOOH配信を行うことが可能になっています。OOHのリーセンシー効果は、いまやデータドリブンに再定義されつつあります。


Real(リアル)

最後のRであるReal(リアル)は、OOHの本質を象徴する要素です。数値で測りにくい領域ですが、OOHが他のメディアと一線を画す理由でもあります。

OOHは物理的・空間的な制約が少なく、アイデア次第で五感に訴えることができます。視覚だけでなく、音や香り、触感、さらには建物や街全体と融合した演出など、空間をまるごと使った表現が可能です。

たとえば、3D広告で今や観光地のひとつにもなっている「新宿の猫」もまさにこのリアル特性を象徴する事例です。肉眼で立体的に見える映像が街の風景そのものを変え、OOHが街のランドマークとなりました。駅構内での体験型展示や季節連動型サイネージなど、リアル空間ならではの表現が次々と生まれています。

特に重要なのは、「今ここだけ」の体験価値です。予期せぬ偶然の出会いとして「セレンディピティ」という言葉が使われることもお多いですが、期間限定・場所限定の展開によって生まれる希少性が、人々の「シェアしたい」という欲求を刺激します。SNS時代においては、このリアル体験がデジタル拡散を生む起点となっています。

デジタル体験が日常化した今だからこそ、五感で感じるリアルな体験はより記憶に残るものになっています。OOHのリアル特性は、時代を経てもなお、人の心を動かし続けるのです。


おわりに

これら4つのRは、それぞれが独立しているわけではなく、相互に作用しながらOOHの総合的な価値を高めています。

リーチによって広く認知を獲得し、リピートで関心を深め、リーセンシーで購買や来店に結びつけ、リアル体験で記憶に残す。そして、その体験がSNSで拡散され、再び新たなリーチを生む——この循環こそが、OOHの真価です。

前回触れた「空気を読み、空気を創り、空気となる」という進化も、この4つのRを基盤にしています。データとテクノロジーが「空気を読む」精度を高め、体験価値の追求が「空気を創る」力を生み出し、さらに人々の日常に様々なシーンに溶け込むからこそ、多様な媒体社や広告主が関わる「空気となる」メディアとなっています。

2020年から2023年にかけて経験したコロナ禍を経て、私たちの働き方や移動パターンは大きく変化しました。テレワークやオフピーク通勤が定着した今、OOHの4つのRも新たな形で価値を発揮しています。

かつてのように特定の場所や時間に人が集中する構造は少し変化しましたが、それはOOHの価値が薄れたということではありません。むしろ、分散した人流に合わせて、より柔軟にメッセージを届けられる時代になったといえます。

例えば人流データをはじめとした人々のリアル行動を捉える様々な手法を駆使すれば、変化する生活パターンをリアルタイムで把握することもできます。多様な媒体形態により、これまで接触できなかった生活シーンにもアプローチできるようになりました。そして、デジタル疲れが進む中で「リアルな体験価値」への渇望は一層高まっているといえるでしょう。

→2025年9月に実施されたNETLLIXのドラマ「今際の国のアリスⅢ」のプロモーションで実施されたアンビエント広告。六本木メトロハットの上部を活用し作品の世界観を表す「天井画」として大胆に描かれた。日常の動線に溶け込み、時に非日常的な驚きや楽しみを提供するアンビエント広告は、OOHが最も得意とする手法だ。

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